|
|
 |
Small But Global
TGは創立満40周年を迎えた。私自身も大洋技研工業に入社して30年近くになる。特にこの10年間は、ほとんどの時間を事業のグローバル化対応のために使ってきた。「世界企業TG」の実現には、まだ越えなければならない壁が幾つもあるが、当社ホームページのCEOメッセージ記載にあたり、私自身について少し触れてみる。学生時代の自分は音楽に興味があり、生活の中心は音楽活動であった。根源は、小学生のときに来日したビートルズであるが、高校入学の頃からはバンド活動をはじめて、ロックやブルースが恋人となった。そんな自分であったが二十歳になったとき、これまで音楽という媒体で培ってきた感性を日常の直接体験のなかで養ってみたいという気持ちが芽生え、とりわけ外国に対する好奇心が高まり、アルバイトで貯めた資金で海外への旅に出るようになった。当時の日本は、今と違って経済的に貧しく、海外の情報も多くなかったので、見るものの全てが新鮮に映り、色々な国での景色や場面が心の奥に刻まれていった。
その後、大洋技研に入社したきっかけも、アメリカに留学していたときに、フィリピンの子会社に責任者として赴任する話をもらい、学位よりも海外で仕事をしてみたいという気持ちが強かったので迷うことなく帰国し、入社後半年で23歳の副社長として比国に渡った。そして着任一日目の仕事が、YF−8リングナット機械加工後に見つかった鋳造巣穴の選別。これが私のモノづくり初体験である。勿論機械の構造や原理などは全く分からなかったが、汗まみれになり、身体でモノづくりを覚える日々を過ごした。いきなり異文化のなかでの出発であったが、良い工場にして黒字化を果たす、この使命感だけは毎日心に誓って出社したことを覚えている。週に二日は工場で寝泊りしていたことが今では懐かしい思い出となっているが、徐々に現地社員とも心が通じるようになり、二年後に目標を達成したときに、一人ひとりと握手をすると彼らの目に一応に涙が光っている姿をみて、モノづくりの奥深さと、仕事が成功に辿り着いたとき国境や人種を越えて真の感動を共有できるものであることを体感した。
あれから25年、経営環境は大きく変わり、TGは今、「小さな世界企業」に向かってチャレンジを続けている。改めて考えてみると、私の人生はチャレンジの連続であり、留まることがない。安住を求める気持ちより、どこまで行けるのかという好奇心のほうがずっと強いからだと思うが、事業経営にあたっても、企業の発展と個人の自己実現が一致する社風をつくって行きたい。ひとり一人の自己実現がひとつになったとき、「世界企業TG」はきっと実現する。 |